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2000 / オハナシ


かわも

 喪失の穴に一度堕ちれば、這いあがることは容易ではない。
 また、落下を望む自分自身が。

さくら

 あの人を埋めた。桜の樹の根元に、深い深い穴を掘って。
 土をかける前に、あの人の白い頬に桜がおちた。

妄想常用癖

 またお逢いいたしましょう
 そう微笑まれた唇は、この世のものとは思われなかった。

ねこ

 高い所で風が吹いたようだ。
 庭の山毛欅の葉が容易く枝を離れ、まるで雪のように、ばらばらと周囲に散った。

最終燧火

 戻ろうと思っても、あなたを支えている手を離したらあなたが流されてしまう。
 けれどその手を離さなければ、必ず、水の底にいる何かに殺される。

からす

 二つの手が、するりと離れる。魚が網を抜けるように。
 指の先からするすると、その人の心が抜け落ちてゆく。

 夏など訪れたことはなかった。太陽に灼かれたことなどなかった。
 肌に感じた熱は偽りだった。瞳に残る花弁の色はまやかしだった。

或る春

 あの時の熱を、今はこの鐘がその中に封じている。
 その熱に、湧くように流れ出る水がしゅうしゅうと、気に解けて、肌を吸い付けて。

父の顔

 かたかたと、髑髏の歯が打ち合う音が、鼓膜を破らんばかりに響く。
 やめろやめろ嗤うのをやめろ、何が悪い。何が悪いのだ。 

灰と花びら

 春は時として、二度と戻らない
 けれど冬は、必ず貴方へ舞い戻る

逆り【さかり】

 そうと息を吹いて私を遥かな海へと遠ざけてください。二度と逢えぬほど。
 激情に駆られるまま、底へと深く沈めてください。生涯の憎しみをもってして。

七宵

 外壁をすべて灼き払われて、私は裸同然に、あまりにも小さな、この心だけ。
 そのような奪い方をなされずとも、私はこれを貴方に差し上げるつもりでおりましたのに。

叫哭

 怖ろしい思考です。侘びしさに、涙が出ます。
 けれど仕方がない。

葛原ヶ岡

 それは神に敗れた女の未練。
 冬の桜に血を振りまいて、幹かきむしり、果てた女の気の結露。

恋文

 初めてお手紙いたします。
 突然のことで、貴方は、何事かと思われるでしょうけれど、どうかお納めください。

薄鈴

 恋を畏れるものは、恥らわずに生きよ。
 けれど禁忌の恋。

交錯

 逢いたかったわけではなく、それよりも、逢える距離に居たかっただけだと言ったらば。
 それは強がりに聴こえただろう。

告白

 強く想えば想うほど、遠くに感じます。
 忘れかけてやっと、近くに来てくださるのですね。残酷です。

終輪

 もう私は、桜の下を掘り返す必要など無いのですから。
 そのようなことをしないまでも、それと願うだけで、私はあの人を、背負ってゆける。

短髪

 私は青い瞳をした人を両腕に抱え、月の夜道を歩いていた。
 車に乗り込もうとしたところを呼び止め、歩きませんか、そう誘ったのは私の方だ。

扉の閉まり方

 わからない、理由もないままに、勝手にこぼれるのです。ごめんなさい。
 ごめんなさい。ごめんなさい。何を謝るのかもわからないけれど、ごめんなさい。

雪白(未完)

 雪から生まれた異界の娘を、火に入れた。
 白き膚の、穢れる様を、畏れるばかり。

湖上花(未完)

 私の中に君臨し続ける偶像を、一目仰ぎたかった、ただ、それだけの為。
 それだけの為に、私はその先にあるすべての恋を、放棄したのです。

天高く(未完)

 背中を預けた人は、そのまま此処を去って行った。
 私はそれ以来崖の上に座り込んだままで、ただやるせなく、ぼうとしている。

落花の雪(未完)

 すきだとか、こいだとか。どれもひとつも、本当ではない気がいたします。
 貴方は、私を微塵も想ってはくださらないのかもしれない。

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