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薄鈴

 銀のすすきの原の中。
 夜の藍。
 白い着物の、若い娘がぽつりと、髪を揺らして立っていた。
 ころろ、と、鈴の音。

 恋を畏れよ、恥を知れ。

 血の気の失せた唇が、呪詛を吐く。
 恋は理由を持たなかった。

 逃げているだけ。
 時は、癒さなかった。
 夢にみるたび、傷を、掘り下げられた。
 他人の笑みにすら、温度を下げられた。

 ころろ、土鈴の音。

 揃えた前髪の、はねる月光。
 風が渡る、千石の原。
 闇が飛び回る。
 闇が、突き抜けて、突き抜けて、少しずつ奪い逝く。

 壊せ。
 壊す、本当にそれだけの気が、あるのなら。

 それはまやかし。
 それは与えられた言。
 それは貴方が其処から掴み上げ、呑み込みもせずに突きつけた、ただそれだけ。
 それは盗品。

 夏の破壊。
 秋の破壊。
 冬の蘇生。
 春の殺意。

 私はあの男を遊び、あの男は一度として、私に触れたことすらないという。

 それが真実。

 銀のすすきの原の上、風のころもが斑気を起こす。
 あの娘。
 名も知らぬ通りすがりにえぐられるほど、露に傷を抱いている。
 あの娘。

 殺そうか。
 そうしたらきっと、あの娘の為にもなるかもしれないから、きっと。
 壊してみれば。
 もしかしたら。

 人のものに、遊ばれる。
 塵だけが、躰に溜まる。
 これは恋か。
 これでも、恋か。
 心が、もうついていけなくとも、これは恋か。
 本能で指がしがみついているだけ。
 決して離そうとしない。
 顔を見ようともしない。
 ただもう、離したくない。
 置き去りにされるのが怖い。

 ふわふわと、すすきの穂。
 頬を撫でる。
 襟元から、忍び居る。
 傷を覗く。
 切り開かれなかみを掬われた、心の残骸をはかる。
 やめろ。

 絹の竹肌。
 深く深く、竹の蒼。
 銀のすすきの原の外。
 私の生まれは月の裏。
 影の中。
 闇の淵。

 殺せ。
 鈴は砕けよ。
 恋は滅びよ。
 闇に被われ、もろともに、消えよ。
 取り戻せない記憶。
 課せられていた離別。

 生まれは月の裏、闇の淵。

 目覚めよ。
 言葉を全て覆し、虚構に帰せ。
 堕ちよ。
 追い込んで、追い詰めて、今度こそ逃さない。

 逃げて行け。
 手をすり抜けて、遠く小さく、いつしか消えて。
 風に託して、そらまで高く。
 偶然は、いつまでも蝶になりきれぬ。

 ころろ。
 すすきの波。
 銀穂の海。
 闇の中に白く、青く、その中にぽつりと、物の怪の紅。

 恋を畏れるものは、恥らわずに生きよ。
 けれど禁忌の恋。

 どっと。
 消滅。
 抹消。
 風の誘い。
 風の、奪いゆくは、優しさ。
 優しさ故に。

 絶えてゆく声。

 放棄の先にあるものが、報いとは限らぬばかりに。
 すすきの原。
 千石の闇。
 月の裏。
 闇の淵。

 生まれ来るものは無し。
 ただ繰り返す、心中の誓い。

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