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告白

 あの秋の日に、私たちは何かを持っていたと思っていたのです。それまでの感情など何も関係なく、私とあの方しかわからないものが、あそこにあったと思っておりました。しかし、違ったようです。すべてが私の、独りよがりだったようです。このようにいくら悩んだところで、またお逢いすれば、同じことを繰り返すだけなのではないでしょうか。
 あの方は、私に逢いたいとお思いになったことなど、きっとございませんのでしょう。

 どれほど人から愛されようと、優しい人に囲まれようと、そうして雪が降っても、ここは正しい場所ではないように思います。これは違う、私の欲しかったものとは違うのです。世界中の人に憎まれようと、あの方がいてくれさえすれば。
 私は欲張りでした。いいえ、無欲すぎたが故に、冷酷でした。あの方が鏡を直してくださったこと、鏡を見てくださったこと、もしかすると初めから教えてくださっていたのかもしれない名前、微笑んでおられたあの横顔。あの方はいつも、私に優しかったように思います。その優しさが無心から来ることを知っていたからこそ、あなたの、私だけに対する冷たさにさえ、有難みを感じたこともありました。
 けれど。
 受け入れてくださった部分もあったのでしょうか。それでも、仕掛けるのは私の方でなければいけなかったのでしょう。そのようなことを、厭だとは思いませんでした。それでも、待ち続けるのは楽なことではなかったのです。けれど、あの方しかくださらない特別なものを私は知っていましたし、その感情があまりに心地よくて、私はやはり、あの中に立ちました。
 四ヶ月の空白と、手紙を嘘に変えた再会。私は自己を確認することができましたけれど、あの方にとって、あれはどのような意味を持っていたのか。
 あの方にお伝えしたいことは山ほどあります。けれど一つも言葉にできません。
 この先どうなっていくのでしょう。
 一番大切なものは手に入りませぬ。妥協はしたくありませぬし、人を傷つけたくもありませぬ。ただ、あの方の側にいたいのです。そうして、後に残ったものはほんの少し、時間が過ぎれば消えていくようなものばかりです。もうこのままで、封印してしまってはどうでしょう。
 そう、もう一年も、私はあの方をお待ちしておりました。何時の間にここにいたのでしょう。何時の間に、あの方にお逢いしていたのでしょう。どうして今、このように泣いている自分がいるのでしょうか。
 いつもいつも、何処から狂い始めたのかを見つけようとしておりますが、それならすべてが間違っていたような気もいたします。あの方にお逢いしたこと、そのあと視線が交わる度、六月の手紙、十月の再会、私たちのしてきたことは全て間違いでした。
 もしもやり直したなら、あの時あの場所で、お逢いしなかったなら、私はここで、幸せになれたのでしょうか。どうして鏡を見たのでしょう。どうして鏡を見たのでしょう、あの時、あの方は。どうでもよい、そのように軽い出来事だったのでしょうか。それなら、最後まで、そのままでいてくださればよかったのです。
 どこまでが本当なのでしょう。私の思っていることは、どこまでが本当で、どこまでが嘘なのでしょう。もしかしたら一つも、本当のことなど存在しないのかもしれません。あの方は、私を御存知ないのかもしれません。二人の間に何があったでしょう。何年かかるのでしょう。いつになったら終わらせられるのでしょう。

    *

 私、本当にあそこで幸せだったでしょうか。特にあの方に会ってからの半年間を思い出して、苦々しい思いがつきまとうのはどうしてなのでしょう。繰り返したくないわけではなく、戻れるものならいつでも戻りたいのです。その一方で、あんな事は二度といやだとも思います。幸せだったでしょうか。一度でも心から言ったことがあったでしょうか。どうしてもう今は、あの瞳さえ、直接見ることが恐ろしいのでしょう。
 私が破った約束は、一番守りたかったそれでした。何も私にわかっていることはない。だから全てを確かめたくて、「何時」と「何故」を、これほどまでに追求するのです。こんな時に誰を信じられましょう。
 けれど私は、ここで泣きたくないのです。

 十月に、ここであなたが埋めかけていてださった穴を、えぐり直して突き通したのは私でした。これはもう治しようがありません。自分に忠実であれというなら、私はあの方に会いにいくでしょう。そうしてこれを繰り返します。
 私はもう泣きたくない。
 私はもう泣きたくない。
 自分から切り離さなければいけないものもあるのなら。
 どうしたら、私がもう少ししっかりしていたら、こんな結果にはならないですんだのですか。
 幸せではなかったのかもしれません。正しいことではなかったのかもしれません。けれどいつも、本当にお逢いしたかったし、私はあの方が、それでもすきだったのでしょう。
 時間が経って、きっと元通りになると思います。けれど二度とあんな想いはいたしません。私の周りに、どのような希望もありませんでした。全てのことが間違って進んでいましたし、私はその中で何もわかっておらず、いつも何もわかっておらず、あれは友情ではなく、愛情でもありませんでした。ただの好奇心でもなく、かと言って憎悪とも違っておりました。
 あの方にとって、私でなければいけない理由はありませんでした。
 その事に気がつけなかった。どうして最後はいつもこうなるのでしょう。思い出と後悔しか残っているものがありませぬ。これ以上これを続けたところで改善はできないのでしょうから、だから私は、ここにおります。あの方を待ったりはいたしませぬ。忘れたりも、無理でございましょう。ただもう二度と、

 『お逢いいたしませぬ。』

 『いいえ、私はまだ』

 あの方がそこにいらして、私もそこにおりましたし、私たちは私たちが見たかったものを見たのですし、そのことが事実としてお互いの歴史の中に残ればいい。名前しか存知なくて、名前しかお教えしなくて、嫌なこともたくさんありましたし、酷いことをいたし、なされ、泣きましたけれど。いろいろな事を言っても、最後にあるのはあの方と一緒に過ごした半年間。
 忘れたいとか嫌いだとか、思わなければ、駄目なのでしょうか。
 けれど私は、あの方から汚いものを、頂かなかったから。

 自分勝手だったでしょうか、私。

 もしあなたが、

 ほんのすこしでも私のことを、

 大切に思う時があったなら。

    *

 苦しいのです。息ができないのです。
 死んでしまえたらいいのに。
 
 もう行ってくださって構いません。だいぶ楽になりました。きっと、強くなったのでしょう。もう何も、間違っているとは思いません。何か、大切なものを得たのでしょう。
 あなたに代わるような。

 あなたは私の精一杯に答えてくださらなかった。
 それはいいでしょう。私とて、もう顔も思い出せなくなっています。口に出さなかったから何もわかりませんね。会えないことが苦しくて、気が狂いそうになったこともありました。いつも時間を無駄にしているような気がいたしました。
 そうでしょうか。
 違いますか。
 まだ駄目です。人が劣って見えるのです。あなたの背に、羽でもついているような気がするのです。どうして大切なものまで無くなっていくのでしょう。何もかもが無くなって、私が次に持っているものなど、本当にどこかに、あるのでしょうか。
 強く想えば想うほど、遠くに感じます。
 忘れかけてやっと、近くに来てくださるのですね。残酷です。

 きっと私は、遅すぎたのです。ええ、大丈夫です。私がいつもしてきた事ですから。いいえ、本当にいいと思ったことなど一度もありません。
 なぜ、それでもここにいなければならないのでしょう。
 ああ、何を言いたいのでしょうか。訳が分からないのは私も同じ事。そしてそれも、多分、それでいいのです。正直になりたいのなら、私は過去を葬ります。
 一度でも、私を傷つけたことを、すまないと思ったことがおありですか。いいえ、おそらく、いいえ、確実に。
 私を傷つけたことさえ、お気づきになっていない。
 今だからお伝えしましょう、あなたは、私を傷つけたのです。わかっています。私を嫌っておられた。他の方が私にいつもすることです。ただ、少数の愚かな方を除いて。
 言っている意味がわかりませんね、また。

 気でも狂っているのかとお思いなのでしょう。
 狂っているのです。
 だから何が変わるというのでしょうね。
 このように、用心深く、それでも満足な結果が得られない私は、結局のところ、あなたの過去の一部にすら成り得なかったのでしょう。
 あの時、狂っていたのは私だけではなかった。

 なぜ私は、それでもあなたにお逢いしたいのでしょう。
 
 憎んでくださればよい。二度とお逢いいたしませぬから。
 私、勝手だったでしょうか。
 怖がっておられるのですか。
 狂っていると。
 それは私がお伝えしたいことではありませんが。
 終わるとお思いですか。
 無駄にしていたのだとは思いません。
 あの日々よりも大切なものが、私にとってあるでしょうか。
 鏡の中に暮らしていた。
 いいえ、決して。

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