"that's alright."
月夜にエイが飛ぶのを見に行きましょう。
と誘いに来たのを、私はそのまま突き落として、落とされるままにあの人は薄ら笑いを浮かべ、コンクリートに叩きつけられるまで、一秒たりとも目を離さずに、私を凝視していた。
あの人の骨が砕けた瞬間、私の手首も粉砕された。
あの人の眸が転がった瞬間、私の両眼は硝子になった。
夜空には、ぶわりぶわりとエイが飛ぶ。
莫迦、莫迦、莫迦、と嘲笑う。
まるでそんなふうな夜。
明くる晩、今度は幽霊になったあの人がやってきて、たくさん面白いものを見たと言う。世界の裏を旅して来たと、そう言って、両手に溢れるほどのさらさらの、蒼い流砂を私にくれた。眸の核が波にあらわれそこまで小さくなりました、そう言った。
こんなものは世界の裏で波打ち際には山ほどうち寄せられている、そう言った。それを溶かして集めて、整えて、もう一度貴女の眸を作ると良いでしょう、そう言った。
きっと前よりもよく見えますよ、
あの人の幽霊はそう言って笑う。
真夜中になると、帰っていった。
明くる晩は雨が降って、エイはいつもより低く飛んでいた。屋根のすぐ上を、ばさりばさりと。時折瓦を吹き飛ばす。
あの人の幽霊はやって来て、頬など染めて、恋をした、そう言った。世界の上を飛んでいたらば、尖った屋根に突き出た窓に、女の人が腰掛けていて、僕を見上げてにっこり笑った、そう言った。
それはさておきこれを貴女に、そう言ってあの人の幽霊は、私に小さな骨を渡した。砂漠にきらりと光っていたので、貴女に似合うと、拾ってきました、そう言った。
ありがとう、嬉しい、大切にします。
私は嬉しく、哀しいほどに嬉しく感じて、小さな骨を手首に刺した。骨はするりと、身体に融けた。僕は明日は参りません、あの人の幽霊はそう言って、真夜中過ぎに帰って行った。
明くる晩はあの人が来ないと知れていたので、私は窓から首を突き出し、あの人を落としたコンクリートを見下ろした。昨夜の雨にじっとり濡れて、あの人の服が散らばって、あの人の器具が散らばって、あの人の骨が散らばっていた。私は少し寂しくなって、小さく百回繰り返す。
大丈夫、
大丈夫、
大丈夫、
大丈夫、
大丈夫、
大丈夫、
小さく百回。
大丈夫、
大丈夫。
[2003/4/6 (Sun)]
| 2003 / 習作 |