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僕が君の隣に

 僕が君のことを忘れたら、これはなんて素敵な青空に見えるだろう。僕が僕のこれまでとこれからをぎりぎりに支配する君の記憶を全部ほうったら、僕は二番目を一番目に昇格させて、寝ても覚めてもなんて言葉の意味は忘れて、いつかいつの日かなんて数えなくとも明日を明日と呼べて、夢中、という現象の、あの皮膚かきむしるような苦しみの、酷い孤独を忘れられる。

 だけど、

 君が僕に戻ったら、太陽は真っ暗で僕たちは真っ暗で、ここはなんて寒い冬の日に返るだろう。僕はあの日に戻りたくはない。僕は戻りたくはない何故なら、僕はあの日君の隣で、苦しかった。胸が、まるで身体の中だけが、ぎゅうぎゅうに膨れていって、けれど外見は何も変わらないように、息すらおぼつかずに苦しかった、君の隣で。君が何か新しく僕の知らなかった、君と居てずっと気付かずにいた僕の知らない君のただ一秒でも、後ろ暗い時間のことを口にするたびに、それは僕の身体の中でどんどんぎゅうぎゅうに膨れていった。

 だけど。

 君と僕とは、まるで砕けた一つの硝子玉のようだ。たくさんの小さな破片を見失い、迷って、踏まれて、誰かを傷つける。僕はそれでも良いと思っていた、小さくとも。輪郭はぼろぼろのつぎはぎだろうとも、君と僕との二つさえ揃っていれば、良いのだと思っていた。

 だけど、

 だけど魂は僕の魂でさえも僕に残酷で、僕が君を想うほどに僕は君からの返り刃を恐れ、僕が君の前で無防備になるほどに僕は君の背後の影を疑い、僕がそれでも君を願えば、君はそれほどに、安心をして、遠ざかった。僕は君のために灯を掲げていると信じて、君は遠ざかった。僕は、厭だった。君の必ず戻ることを知っていても、厭だった。

 君は真っ白な光、僕はかさかさに乾いた泥のようなもの。
 僕をこんな姿にしたのは君だった。
 僕はそれでいいと思った。
 君をそんな姿にしたのは僕だった。
 君はそれに甘んじていた。
 今日はこのままで良いと思った。
 明日にはこれが崩れると知っていた。
 今日はまだ良いと思った。

 君がもし僕を忘れて、そして同じようにこれは青く美しい空ならば、僕はそれを言う。

 きっと魂が足らなくなったのだね、天は。
 入れ物が多すぎて、間に合わなくなったのだ。
 だから何度も何度も、ひっきりなしに使い回される。
 一つ終わったと思ったらもう次へ、それが終わったら、また次へ。
 もしかしたら途中で二分、三分、されているのかもしれない。
 そうしてその割れた幾つかの魂が、宿る個体を見つけた時に、それが君で、それは僕だ。

 いや、やはりそれは僕の、思い違いで。

[2001/9/26 (Wed)]

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