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直木三十五の考察

 そもそもゲーテと普通の作家を並べて批評するのが間違っているんだよ。
 そんなことは君だってわかっていたはずだ。
 君はゲーテになりたかった、だけどなれなかった。
 君は悔しさのあまり、腹立ち紛れに書き殴っただけなんだ。
 そうだろう。

 俺はどうしたって書けやしないんだ、
 ゲーテはあれは、なぜならただの物書きじゃないからだ、
 あいつはただの詩人ではないからだ、
 あいつは芸術と哲学と歴史と、そしてあらゆる人間の罪を掌握して超越して、俺達のように地面で群がってあがいているところから一個ひょっこり飛び出した、けれど決して神には届かなかった孤独な一つの魂だ、
 俺はどうしたって書けやしないんだ、奴のようには

 そうして君は、悔しくて、哀しくて、

 だけど俺だけじゃない、
 ゲーテになれなかったのは俺だけじゃない、
 誰もなれやしないんだ

 誰も

 それを示す為だけに、書き殴っただけなんだろう。
 だけど君に君以外の綴ったたった一冊の本も、足蹴にする権利なんて与えられてはいないんだ。だから君の主張は腹立たしい。だから君の負け惜しみが、僕には厭なんだ。

 だけど僕は君を憐れんでいる。
 君はゲーテになれなかった。
 君はゲーテを越えるどころか、ゲーテに並ぶこともできないで死んだ。
 僕にはわかるんだ、君にはそれほど必死に、

 たぶん他の誰よりも、いや、例え他に誰か居たとしても、

 君にはそこまで必死に、それを完成させようとあがき続ける熱意があったんだ。
 僕はそれを思って、心に墨を落とされたような、寒い心地になる。
 君は立派だった、君は君の文字に血を注ぎ込んで生きていた、
 そうしてゲーテになれずに死んでしまった。

 君は飛んでも跳ねてもゲーテに届かないその悔しさのあまりに、
 げらげら笑って、あいつもそいつも、誰だってみんな腐っている、
 誰もゲーテになれやしない、
 その狂気の裏に真っ暗の絶望、

 俺はゲーテになれやしない、

 表返してもう一度嘲笑、あいつらはゲーテになろうともしていない、

 そうして、足だけ下から見上げて、大笑い。
 あいつらは自分がゲーテに届いていないことすらわかっちゃいない、ただ同じ平行線の上でちょっとばかり距離が開いているだけだと思ってやがる、知っているのは俺だけなんだ、誰もゲーテに届いていない、その事のわかっているのは俺だけなんだ、

 げらげらげら。

 だけど君は本当はちっとも怒っちゃいない、嘆いちゃいないんだ、
 ただ哀しかっただけなんだ。
 なぜって君は決してゲーテに届かなかったから。

 だけど誰もがゲーテを目指してはいないんだ。

[2001/4/10 (Tue)]

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