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夢の海

 その子供は今日も歩くことを考えていた。
 てくてく、自分の足を使う。
 地面をぎゅうと踏んで、引きつける力を感じる。
 その子供は昨日も歩くことを考えていた。

 その子供は夢の世界に遊ぶ。
 其処でもやっぱりその子供は傷ついた。

 貴方が、偽らない世界。
 貴方が憤らない世界。
 貴方が裏切らず、貴方が実体を持たない。
 花が咲いたらば其処は、春の世界。
 決して終わらない、春のただなかに、子供は身を横たえた。

 冬は現を蝕んでゆく。

 その子供が最初に貴方を呼んだとき、貴方はその子を振り向いた。
 貴方には声が聴こえている。
 聴こえているのに、聴こえたからこそ、逃げ出したのでしょう。
 いいや、逃げたのは、私。

 子供が泣き叫び、貴方が振り返り、私が逃げ出した。
 叫ぶ子供を抱えて、走って行った。
 だって貴方は、この子を殺したかもしれないもの。
 幸せにしたかもしれないね。
 もしかしたらばね。
 万が一にも、もしかしたら。
 この子は笑ったことがない。

 もういい。やめて。
 可哀想だ。
 もういやだ。

 泣いている。
 頬が流れに、削がれて削がれて、痩せ細る。
 どんなに必死に拭っても、浮かび上がる頬の傷。
 貴方が優しく在ることをのみ、願って塞がる心の窓の、

 もうなんと細いこと。あれが見えますか。
 隙間から、懸命に、探るもの。

 この子が初めて泣いた時、瞳に色が宿ったのです。

[2001/1/27 (Sat)]

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