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潔し紅

 あの人、とても平気な顔をして、何か間違えたように不自然な顔をして、倒れた。
 真っ白い割烹着に、彼岸花の模様みたいに紅が散って、美しかった。
 あの人、すごく綺麗な女だったわね。
 お通夜の夜に、真っ白い割烹着で、上げた髪からひとすじ垂れた後れ毛と、なだらかなうなじと。

 ゆっくり、
 もうすこしゆっくり、
 貴方は動けないの。

 もうすこしゆっくり、わたしたちは巡れないの。

 あの人、きっと吃驚したのじゃないかしら。
 恐ろしいとか、思う間もなかったのじゃないかしら。
 突然くびすじに冷たいものを当てられて、私も昔よく驚いたもの。
 あの人、きっと恐怖とか、裏切りとか、そんな言葉の浮かぶ暇も、きっとなかったのだと、とても思うわ。
 くびすじに、ひやりと触れて驚いて、そこで全てが終わったのだと、そう思うわ。

 思ったの、

 綺麗な人でも死に際には、顔を歪めるものかしら。
 綺麗な人でも痛みには、仮面を崩すものかしら。
 綺麗な人でも最期には、醜く執着するかしら。

 だけどあの人、違ったわ。
 子供みたいに驚いて、くるくる回って、それだけだったわ。
 白い割烹着に、あけくれないの、彼岸花、髪の崩れも、美しかったわ。

 まだあの人を愛しているの、
 まだ、まだ貴方は忘れられないの。

 もうすこしゆっくり動き遊ばせ。
 もうすこしゆっくり、
 覚悟を決めて、御覧遊ばせ。

 細い雛のように、くるくる。
 血に遊ばされ、くるくる回る。
 お美しい人だったわ、最期まで。
 むしろ可愛らしかったわ。

 貴方の中にも詰まっておられる、たくさんの花。花。
 私、それを見ても良いかしら。
 あの人と同じほど、美しいかしら。
 鮮やかに対比を、為せますかしら。
 鮮やかに、例えば貴方の、この胸の真中とか。

 私、それを開いても良いかしら。
 私の手の裡で開き遊ばせ。

 白い皮膚の上に咲かせ、散らせ、遊ばしませ。

[2002/1/4 (Fri)]

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