俎
さくさくさくさく、と、まあよく切れた。
隣で彼女は私の手元を覗き込む。
どうです、オネイサン、よく切れるでしょ。
安くするから、お買いなさいよ。
厭だよ。
誰がこんなガラクタ買うもんか。
そう言いながらも私は腕を休めない。
さくさくさくさく、気持ちよいほどよく切れたのだ。
隣で覗き込む彼女の、何だか知らないが煙草の如きヤニっぽい臭いが、さっきから鼻先を窺うようにかすめているのが気になるけれど、さくさくさくさく、ともかくそれは、よく切れた。
街商人の肌の色ってのは、いつだってなんだか大地の色よね。
来る日も来る日も太陽に灼かれて褪せた、大地の色よね。
端のほつれたもやもやとした、色とりどりの布をぐるぐると巻き付けて、二倍も三倍も大きく見える彼女の頭部、その下から覗く異様に大きな眸でもって、彼女はひきつった御愛想笑いで。
買いなさいな、オネイサン。
きっと要るよ、だってこんなによく切れるでしょ。
同じ御愛想にしても、もうちょっとにんまり笑いなよ。
あんたの笑い方ってば、そりゃぁぐりぐりだよ。
眸も歯並びも、頬の皺まで、ぐりぐりとして気味が悪いよ。
そこで私は手を止めた。
ねぇ、あんたの髪を切らせてみない。その頭に巻いた布の端から、でろりと垂れてるその髪束を。ちょいと根元からざっくり切ってさ、私の前に置いてみせなよ。その髪束がもし、同じようにさくさく切れるなら、私はこれを買ってもいいんだ。
彼女は一瞬、過去を暴かれた如くにたじろいだ。
口とがらせて、度胸試すようなふうの私の顔と、私の左手に握られた、彼女の大事な商品の二つを、やっぱりぐりぐりとした眸だけ動かして見比べて、どもりながらも絞りだした言には
いけないね、これ、頭がついているからね。
これも大事な売り物だからね。
ハハ!そうだよね、あんたのそのぐるぐる巻きの布の中には、どっかから獲ってきた姫様のクビが入っているんだろうさ。ハ、ハハ!その頸かき切った刃を私に売ろうとするなんざ、いい度胸。
彼女は言葉がわかるのかわからないのか、ただもうにやにやするばかり。ぐるぐる巻きの彼女の頭部の布の端から、でろんと垂れる黒い髪束。
いいよ。切らせてくれなくてもね。
気に入ったから、私は買うよ。
代金を置いて、其の店を出た。
懐紙で刃をざっと拭った。
柄に毛髪がこびりついていた。
それをはずして懐に入れた。
いつか男を扼殺するのに使えるだろう。
[2003/5/13 (Tue)]
| 2003 / 習作 |