屋根裏の人
例えば日没時の暮色の中にその者はほっそりと、けれどがっしりと、菩提樹のように立っているのだった。足元からのびる影すらも怖ろしげに、黒々と地面をより濃く覆って、その者は立っているのだった。
そちらへ。
行こうと駆け出すと、性別もわからない童子が、後ろで、
くっ…
と袖を引く。
行ってはなりませぬ、なりませぬよ若宮。
あれはあやかしの者、
あれは異界の魔性、
然るにあのような美しき容をしているのです、
若宮。
性別もわからぬ青い顔の童子が、袖をつかまえたままで、言うのだった。行ってはなりませぬよ若宮、見てはなりませぬよ若宮、お顔を隠されよ若宮、見こまれますぞ若宮。云々。
それでも、まだその者から眸をそらせないままでいる、と、童子は更に強く袖を引き、ぐいぐいと、促すように袖を引き、少しく声の調子を上げて、言う。
若宮、あちらへ参りましょう若宮、
あまり外気に触れては毒にござります
若宮、さぁ若宮、
こちらをお向きなされい若宮、
あのような蜃気楼
構わずともすぐに消えてしまうものです
若宮。
しかし、蜃気楼と呼ばれた者は、ゆらりゆらりとこちらに寄ってくるようであった。もう沈みかけた太陽の中で、その影は前にも増してほっそりと、けれど黒々と、重厚に、がっしりと。右に左にささやかに揺れながら、影は近づいてくるのであった。
性別のわからない白い髪の童子は、三日月のように目を細くして、私を睨む。若宮、若宮、参りましょう。若宮、何故に、
何故に!
いやだ、悲鳴を。
それまでは幽霊のように正体もなく歩いていた者は、突然その声に弾かれるように駆けだして来るし、童子は後ろで袖がちぎれるほどに私を引いているし、私は何が何やらわからなかったので、
待ってください御二方、
貴方たち、駄目です全然駄目。
御二人とも行動に子細ありすぎるのです、何もないのは私だけじゃないですか、貴方たち、私をちゃんと話に混ぜてくださらなくちゃ。
つい口に出してしまったらば、スペルがほどけた。
[2003/5/12 (Mon)]
| 2003 / 習作 |