顔半分の大人たち
皆が知らぬ振りをしていた。
誰もが語ろうとしなかった。
この地では禁忌であった。
嘆いてはいけない、
思い出はいけない、
探してはいけない、
忘れた振り、ということすらもない。
まるで始めから存在しなかったかのように、誰もがとぼけた振りで、二度とあの人の名を口にしなかった。あの人の家にも近づかなかった。あの人の剣は、夜中誰かが北の谷川へ捨てた。砥石だけをこっそり、私は土間に隠しておいた。
何故、いけないの。
そう訊いた。
誰も答えてはくれなかった。
思い出しては何故いけないのか、何故その名を呼ぶたびに叱られるのか、何故悲しいと思うことがいけないのか、何故、探してはいけないの。
何故探してはいけないの。
探したってもうどこにもいない、どこにもいないのだ。
一度だけ吐き出すように言われたけれど。
嘆かなくともいつかは逢える、ずっと遠いけれどいつかまた逢える。
一度だけ諭すようにそう言われた。
嘆いてはいけない。
思い出はいけない。
探してはいけない。
もうどこにも、いないのだ。
あの人は遠いところへ行ったのだ。剣振るうことの二度とない、遠いところへ行ったのだ。だから嘆いてはいけない。思い出は、そのうちに消えて無くなり、探そうという気も、起きなくなってしまう。
私は違う
ごねる。拗ねる。
違わない
誰もが同じでなければいけない
誰もが彼の存在を無にする義務がある
どれほど近しくとも同じでなければいけない
お前もそれに違わぬ
のだと。
誰もが知らぬ振りをし、誰もが二度と語ろうとはせず。
この地ではそれが禁忌であったから。
[2003/3/13 (Thu)]
| 2003 / 習作 |