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お椀を抱いて

 月のむこうのほうに君が恋人といる。
 空の下のあたりに君の恋人が死ぬ。
 僕は笑う。
 僕は笑わない。
 僕はたまにうつむく。
 そんなふうに過ぎる。

 海の西のあたりに君の車が走る。
 紅い反射光で君の車が止まる。
 空気に押されながら君が僕に、これほどに優しいのだと、間違えた。
 僕が間違えた。
 それとも間違えていなかったかもしれない。
 君は優しかったかもしれない。
 覚えていない。
 確認する術はない。
 自分で都合の良い嘘をとりなさい、と言われても、嘘が真実にかわれないのだから、永遠に迷い続けるほうが楽かもしれなかった。
 僕は間違えた。

 君の車の反射光。
 時間が経つと記憶が薄れる。
 時間が経って自信が揺らいだ。
 君の存在すらも怪しい。
 だけどたぶん、恋人といる。
 それならばそれで、僕はやっぱり間違える。
 君の中に僕はどれくらい残っているのか、それならばそれで。
 僕の中に君はどれくらい姿を変えたのか、それならば。

 君に訊いたってどうせわからないのだろう。
 ほんとうなんてはじめから存在しなかったのかもしれない。
 心の中に理由なんて存在しなかったかもしれない。
 それならばそれで、どうせ僕は間違えたからいいけれども。

 君が大きすぎて見失ったたくさんのものを僕は取り戻せない。
 君が明るすぎて融けていったたくさんのものを僕は見ることはできない。
 君が強すぎたから、弱くなるばかりだった諸々の僕らを、僕は嘆かないし、嘲ったりもしない。
 僕は間違えた。
 僕は今だって間違えているし、間違い続けるのだと思う。
 僕は君と対照になるために君を高く高く保つ為に、君と距離を同じくするためにいつも埋もれてふかくふかく掘り進んで、一歩後退し二歩後退して、無意識にだけすがって生きた。

 無意識にだけすがって、生きた。
 僕は僕を嗤わないし、僕は僕を誇ったりもしない。

[2004/2/25 (Wed)]

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