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フレッティング・タイピング

 鏡に映った自分の顔が言うんだ。

  好きにすればいい。

 何度もごまかそうとしたけれど、やっぱりその顔は私の顔でしかなかった。
 鏡に映った私の顔は言う、

  好きにすればいい。
  あんたのいいように、好きにやればいい。
  忘れないのもいい。
  いつまでだって沈んでいけばいい。
  どこまでだって、堕ちてゆけばいい。

 鏡に映った自分の顔は、にやにや笑う。

  あんたがそうしたいんなら。

 私よりもはるかに、強い眸。堅い声。地下鉄の窓にも彼女が映る、にやにやと笑う。
 地下鉄はまるで化け物屋敷の一部のように、頭ばかり大きな女性、猫よりも背の曲がった老人、そして彼らの振り向いた瞬間ガラスに映った顔が、どれもこれも私だ。
 ガラスに映った私の顔は、

  すきにすればいい。

 そんなふうに言う。
 一度うっかりして微笑み返したら、恐ろしい顔で睨まれた。
 自分ばかりいつも笑っていて、ずるい。

 嘘が左側、ほんとうが右側。
 大きな大きな二つの布地を、一生懸命ボタンでつぎ合わせながら私たちは行く。何年も昔に掛け違えたボタンを、今更元になんて戻せない。元に戻すために、これまでのボタンを外し直すわけにいかない。
 せめて間違いがどこなのか教えてほしい。
 けれど笑うだけ、私の裏側は、笑うだけ。

  もうどこまででも、行っておしまいよ

 強く笑って。

[2004/2/9 (Mon)]

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