KAFKA
目が覚めていたらば、虫になっていたなんて、そんな素敵な世の中ならば僕は生きられたかもしれなかった。
けれど目が覚めても僕はやっぱり僕のままだった。
生きがたく。
ある日突然にまったく異形のものになれるのならば、僕は切り替えられたかもしれなかった。
僕は自分の後ろにナメクジののたくったあとのようにぬるぬる汚らしいものが尾を引いているのを知っていた。
進みがたく。
人から林檎を投げつけられて、それを背中にめりこませたまま生きていかなければいけないような、いつかその傷が化膿して死に繋がるような、それほどにきっぱりと愛する人すら決別をしてくれるような、醜悪なものに姿を変えられる術でもあれば僕は思い切れたかもしれなかった。
僕は貴女をあんなふうに抛り出すことはなかったかもしれなかった。
僕は生きがたかった。
僕は耐え難かった。
貴女が肩震わせているような気がした。
けれどその肩を抱いてやることはできなかった。
僕が、僕は、顔も人並みで、遍歴もそれなりで、だけども僕は、目が覚めてもしも僕のような人並みではなくて、いっそ貴女とはまるで違う、負担にしかならないような、やっかまれるような存在でしかない、ただの黒光りするおぞましいような虫なんかになれていたらば、いっそ今よりも身を投げ出して貴女のためにどのようなことだって為し得たのだろうし、そしてそれは貴女にとってただただ気味が悪いだけのことでしかないだろうから貴女も、僕に微塵の情けもかけることはなくて、ただ迷惑にしか感じることはできなくて、いっそ僕らはもっときっぱりと、割り切れて、それはそのほうがよほど良かったかも知れない。
得難く。
そのような奇蹟でもおきるような、憐れみに溢れた世界であればよかったけれど、神さまは救済も悪戯もなさらない。
目が覚めたらば虫になっていたなんてそんな素敵な世の中ならば僕は生きられたかもしれなかったけれど、神さまは僕の上にそんな救済をくださらなかった。
だから僕は僕のまま今日も目覚める。
ある日突然それまでの自分とはまったく異なるおぞましいものに姿を変えているようなそんな悲劇的な世の中ならば僕はそれまでの僕の後ろのナメクジのたくったようなぬるぬる、それすらも忘れて自分を嘆くことだけに精一杯になれたのであろうに、神さまは僕の上にそんな悪戯すらもなさらない。
愛する人の心から如何なる遠慮も奪い取って唾棄させるような、理性のかけらすらもその上に必要としないような、それほどのおぞましさ、醜悪さ、
僕はもう語る言葉を知らない。
生きがたい。
進みがたい。
神はこの上に如何なる救済もなさらない。
貴女は肩震わせているようだけれども、僕はその肩を抱くこともできない。
つまらないことで名前を汚して、どのように謝ったものかもわかりません。
[2004/12/6 (Mon)]
| 2004 / 習作 |