2002年8月
■ 2002年8月5日(月)
狂気に駆られた群衆は
掏摸の女を殴り殺してしまいましたと
■ 2002年8月5日(月)
稲光に照らし出された足元の
花かんざしを拾い上げると
窓の外に立っていた女が
「それはわたくしのものです」
そして
赤い眼をして
■ 2002年8月5日(月)
遙か崖の上から眺めるように
私は貴方を遠く眺めた
(あいした)
■ 2002年8月6日(火)
額の沁みを拭ってやると
女は食餌を獲りに出かけて
私はひとりで血を片づける
■ 2002年8月6日(火)
莫迦な夢をみていたのだと嗤う貴方の
貴方のみた莫迦な夢が私に美しい夢をみせたということ
それを伝えたい
■ 2002年8月6日(火)
しろいしろい花の咲くなかに
しろいしろい衣の女が立っていて
けれどその顔はぐちゃりと潰れ、混沌の時代を呪い続ける
あれは私達を導く鶴の女神です
■ 2002年8月7日(水)
行ってください振り向かないで
死んで下さい
幸せなまま
■ 2002年8月7日(水)
嵐が来なければ無事に渡れたのです
取り残されて正気を失いました私たち
嵐が来なければ三人で戻れたのです
■ 2002年8月7日(水)
とほい とほいところに立つ声が
海に薄くはった氷のうえを渡ります
一直線にひびいれながら
氷のうえを貴方にむけて
ひかりの速さで迫り来るのです
■ 2002年8月7日(水)
目覚めると隣で血塗れの
昨日とまるでおんなじな風景
■ 2002年8月7日(水)
僕等はつづく、がたんごとん。
頭のなかで何度も何度も反響しながら、
僕等はつづく、がたんがたん。
断末魔のブレーキで、ある日とつぜん投げ出される。
■ 2002年8月9日(金)
頭ノマワリニ張ッタ膜
貴方ニハ破ラセナイ、決シテ
そう うつろう彼女の声は、
貴方ニモ、
そう 僕には聞こえる
■ 2002年8月9日(金)
書き真似だらけの似非個性
嘘と見栄ばかり溢れるじゃないか、ドロドロに!
■ 2002年8月9日(金)
僕はいつだって、
あいつがあの扉から入ってくるようで怖いん だ
少しの光でも射していると恐ろしい
硝子戸に影が映ったら、
君は恐怖にどう対峙するんだ?って
■ 2002年8月10日(土)
かりそめの
宮
とこしへの
悪
流れろ、流れろ、流れて、
よろずのことどもはままに
■ 2002年8月10日(土)
随分探してしまったわ
風がごっと吹いて屋根が飛ばされて
望楼から命がたちのぼるのが
見えたから
それからずっと
随分探してしまった
■ 2002年8月10日(土)
ガジュマル
パパイア
オートクチュール
切り髪
おかっぱ
八月六日
■ 2002年8月10日(土)
誰か
あいつを
殺してしまってよ!
あたし、あいつは嫌いだ、大ッ嫌いだ
偉そうに笑ってるあの肖像!
■ 2002年8月10日(土)
死など与えない
一歩手前のひたすらの苦痛だけ
死に辿り着けない、ひたすらの苦痛だけ
■ 2002年8月10日(土)
都の上を飛び回る鬼は
決心が崩れるのが楽しくてしょうがない
眼だけ死んだように右と左を向いたまま
口は顔が裂けたかの如く開いて嗤う、
ひひひひひ!
■ 2002年8月10日(土)
愛します、愛します、愛します。
さんかい言って、
めをつむったらば真っ暗になった。
■ 2002年8月10日(土)
昨日は言った、
負けないでいよう。
明日は答える、
ここでサヨナラ。
■ 2002年8月10日(土)
障子の向こうに立っている死と哀の影が見えますか
もっと近くに寄りなさい、腕が貴方に届けるように
■ 2002年8月10日(土)
所詮難しいのだよ、ぼくらが生きていくのには
生命は時間にさからってたつ杭だから
種は包括する個を認めないから
■ 2002年8月11日(日)
「暗闇を抜け出すには光が必要です。」
僕はとっくに光を失くした。
暗闇の中に取り残された。
まだ出られない。
あの光さえ灯らなければ、僕は暗闇になんて気づかなかった。
■ 2002年8月11日(日)
君が憎い
■ 2002年8月11日(日)
生まれた次の瞬間に知り合って
十八の歳になるまで一緒に育ち
此の世の此が始まる前に
手首を縛って眠りたかった
■ 2002年8月12日(月)
真実は人の数だけ
■ 2002年8月13日(火)
想えば虚しき、かの神翼
翡翠の奥にも血は通いしを
■ 2002年8月13日(火)
おとうさん、あのひとを
おかあさん、あのひびを
ぎゅっとのみこんでわたしをもういちど
あなたたちのなかにおしこめてください
わたしはその隙にトドメをさがします。
■ 2002年8月13日(火)
もの ほし かるる
昔は貴方を傷つけられないものね
■ 2002年8月13日(火)
ぎゅっと握った
氷に押し込めた
強く磨いた
物言わぬようになってあの人は、前よりも幸せそうに笑います
■ 002年8月14日(水)
失い
託さずに
切り捨て
表情をつくらず
振りかえり
戻らぬままで
歩く
■ 002年8月14日(水)
それでも君がつらい
からだの奥に深く刺さったまま
痛い
記憶が
■ 002年8月14日(水)
貴方も首をからめとられた
私が言った
■ 2002年8月15日(木)
僕
僕は
もう心ふるわすような真実は奏でられなく
心ごまかすような夢ばかり
眠りのなかで押し流れるように、生きています
■ 2002年8月15日(木)
もう喋るのをやめて、
ただうなずくか、瞬きをするか
■ 2002年8月15日(木)
むかしむかし
ふたつの道がありました。
「どうしてこっちを歩かないんだい」
歩けるわけはないだろう。
■ 2002年8月15日(木)
気が付くと君はもうずっと遠いところに立って
さよならの手をふっていた
僕は躊躇う間にも少しずつ遠ざかりながら
手をあげることはできなかった
■ 2002年8月15日(木)
枯れ木の鴉
冬のひなげし
切り取られた鳩の片羽根
その気になれば
いくらでも救いようのあったものたち
■ 2002年8月15日(木)
何も傷つかない何も本当でなければ
君が生きる夢の世界はそこかい
■ 2002年8月15日(木)
嘘をついて
ほんとうに楽なのか。
暗示にからまって
明日はどう生きますか。
■ 2002年8月15日(木)
騙され
続けたというわりには妙に気楽な声ですね
うさぎの耳はどこに捨てて?
貴方のように歌うにはどうすれば
■ 2002年8月15日(木)
正解がなく
意味が与えられず
理由は教われず
他のなにものに救済を彫りつけるか
■ 2002年8月15日(木)
声のするほうを振り向くと落とし穴にはまります
私はもう一度、あのお墓に参る必要があるようです
晩秋の早朝に。
その時は忘れずに贄を持って。
■ 2002年8月15日(木)
かなしい歌は聴かずともよい
■ 2002年8月15日(木)
醜いものがほんとうは美しく
弱いものこそ凄まじい強みだと
貴方が生きて
私は追いかけることもできずに
シナリィを反転させる
■ 2002年8月15日(木)
未練が三人の傷をつくった
呪縛は自ずから編み上げた鎖紐
■ 2002年8月15日(木)
世界は既に完成していて
頭の検閲を通らないと中に入れない
入ることができたとしても君はその時もう君じゃなく
分裂するのは内側だけじゃないよ、外側だって
■ 2002年8月15日(木)
誰にも知られずに
ほっそりと
地面を離れて
少しだけ屋根に近づく
■ 2002年8月15日(木)
今だって歩いたところに未練の跡がきらきらと光るから
どうかもう一度そこへ戻って
いのちの上で呼吸をさせて
朱雀の上で、息をひかせて
死ぬなら私です
手にかけるのは私です
貴方を
■ 2002年8月15日(木)
たった一言の
「僕は愛せない」
が
欲しい
■ 2002年8月15日(木)
まっしろの証拠
まっくろの写真
何も残らなかったという
空白の意義
透明の筆跡
記憶も消してください
■ 2002年8月16日(金)
こんなふうに、ひとつひとつ、
みんなの硝子と鏡の頭から私の姿を消して、
もう誰の鏡にも映らないように遠ざかって、
人のいないところを探すのは難しいんだよ。
だから身体を頭の中にひっこめたんだ…
■ 2002年8月16日(金)
杖をもっててくてくとゆく
かれのみち
花をもってたんたんとゆく
はるのみち
じぶんをぎゅっとだきしめてあるく
闇のなかをしんしんとゆく
よるのこのみち
■ 2002年8月16日(金)
いつからなのか忘れたけれど
自分の過去が怨霊に化けたんだ
今だってずるずるひきずって歩く
いつだって私は二人連れ
■ 2002年8月16日(金)
僕はフコウがだいすきで
だから僕はフコウにはなれないんだい。
■ 2002年8月16日(金)
あのこが小さくなっていく
僕はどうすることもできない
あのこが大きくなってくる
僕は潰されてぺちゃりと
あのこの肌にきたなく染みるほうを選んだ
■ 2002年8月16日(金)
ぎゅう。
バラバラの気持ちでもかき集めればひとつになれるよ。
■ 2002年8月16日(金)
離れ離れの心は、もう手をどんなにのばしても届かないから
ムリ。
■ 2002年8月16日(金)
究極の孤独に
生涯を賭ける
空白でぎゅうぎゅうの僕の周りに
君の画をうつして
平面の肩に、ひたる
■ 2002年8月19日(月)
貴方を打ち砕いた鉄槌の下から貴方は抜け出さない
押さえつけているのこそ貴方自身の腕なら
僕はどうすればいい?
僕は
どうすればいい
■ 2002年8月19日(月)
シアワセになると約束してくれるまで
君を自由にしない
精一杯の心で憎み始めるまで
愛していると言わない
■ 2002年8月19日(月)
壁を蹴り上げろ!
(自分が壊れるまで。)
■ 2002年8月19日(月)
遠くに行ったんだよ、
と、地面の下から声がして
前よりもずっと近いよ。
天はそう言った
■ 2002年8月19日(月)
なぜいつもその歌をくれるのですか、私には
まだ意味がわからないというのに
■ 2002年8月20日(火)
信じたって真実にはなれないし
疑っても真実は真実のままだから。
だから一方的に君を見つけようとしても、
虚しさばかりがつのるだけ
■ 2002年8月20日(火)
同じところへ辿り着くにはわたしたち
首くくるしかないのでしょうか
■ 2002年8月20日(火)
貴方の数多あるエピソードの中の
一話分にしかなれないのですか、私は。
■ 2002年8月20日(火)
数えて蓋をする
砕いて蓋をする
もういちど、がぽっと開けて
さらさらのそれをぶちまけて
両手ですくって
風に飛ばしたり、間違えて吸い込んだり。
君が死んだらば
■ 2002年8月20日(火)
神を信じる盲者のように
神を認めぬ学者のように
■ 2002年8月20日(火)
月夜のうえに
呑まれましょう
心の闇に
つぶされましょう
■ 2002年8月20日(火)
さぐりあてれば、貴方に刺さった
からたちの
とげ。
■ 2002年8月25日(日)
故意に近く、
ささやきは耳元のひとのくちびるから、
星の裏にまでとばされて
静けさのみの動画を見つめる。
■ 2002年8月26日(月)
ぼ
く
は
しろくとけてなくなる。
■ 2002年8月28日(水)
いつだろうと楽なわけはなかった
だけど選んでしまった
君が君であるだけの理由だった
■ 2002年8月28日(水)
その黒のなかに顔を映して、
井戸の底からの照り返しはそれほどに眩しく目を射りますか。
貴方以上の輝きが
ゆらめいて反射する理由を知りますか。
貴方はきっと哀しくなって、
私の顔を知るでしょう。
■ 2002年8月29日(木)
誰より近くにいた故に
掴み損ねた光が惜しい
■ 2002年8月31日(土)
何を言いたくて口をひらいたのか、もう忘れてしまった
| 2002 / 片鱗 |