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will / 死ぬ前に言い残したこと

 厭な夢をみた。

 大事なものをすごい勢いで殴りつけていた。何度も何度も殴りつけていた。両手が血まみれになって、頬にも血が飛んできた。眼の中に血が飛んだ。口の中にも血が飛んだ。眼に入った血が涙にまじって落ちていった。頬にはねた血も巻き込んで、紅みを増して落ちていった。抑えつけた首をそのまま絞めていた。一瞬びくりと震えたのを見て、正気に戻って、泣きわめいた。
 目が覚めた時、汗だくで心臓ばくばくと打っていて、なんだかとても気分が悪かった。

 その前にもやっぱり厭な夢をみていた。

 呪いをかけられて身体の半分を醜いものに変えられてしまった。
 光るほど青白い女の人の幽霊が私のうえに倒れかかってきた。
 生きたかったらば殺すしかないのだと言われた。
 片目の潰れた育ての親に、穢らわしいと突き放された。
 私だけが呪いを解くことができる。
 だから扉を開けて一番最初に出てきたものを殺せと言われた。
 私を裏切った男が、その時と同じ顔をして、白々しくも同じような台詞を吐いた。私を裏切った当の本人が、私を裏切る直前の顔をして、「貴女が必要としているのは」「真実呪いを解くことができるのは」、と、同じことを言った。白々しくも。
 呪いを解くことはできなかった。彼の言うものが呪いを解くことはなかった。
 だから扉を開けて最初に出てきたものを殺せと言われた。

 そこで目が覚めた。
 汗だくで心臓がどくどくと打った。
 それでも私を裏切ったその男が今度こそ私に救いを見せてくれるのではないかと思って、もう一度目を閉じた。
 二度とその男に逢うことはなく、扉を開けた。
 一番最初に出てきたものを、私は捕らえた。
 殴りつけた。何度も殴った。その血を浴びた。首を絞めた。
 すると手の中で一度だけ、びくり、と、震えた。
 死にかけた鼠が身体に電気でも流されたかのように、最早そこに意志の力など見出されず、ただ生命の最後の残滓が反射的に筋を動かしたかのように、弱々しげに、びくりと、動いた。

 貴方だった。

 貴方が扉を開けて現れた時、私にはそれが貴方だとわかっていた。顔が見えなかったわけではなかった。正体を知らずに攻撃したのではなかった、ただその時、貴方の私の中での価値というもの、それを私は根本から忘れ去っていた。
 貴方をただ顔とその身体だけで認識をして、貴方のそれまでの私の上にかかる過去というものをすべて忘れ去って、私は貴方の血を浴びていた。
 そして手の中で貴方が震えた。
 残された最後の力で一度だけ弱々しく動いた。
 そして私は正気に戻る。
 叫ぶ。
 叫ばずにいられない。

 私が何を傷つけたのか、その時に初めて気が付いて、愕然とする。
 恐ろしさに、叫ぶことしかできない。
 そうしてまた気づく、貴方に掴みかかった、貴方に襲いかかったその瞬間に、私の呪縛が解けていたということ。貴方を殴りつけた右手も、貴方を押さえつけた左手も、貴方の血を浴びた右の頬も、貴方の血を浴びた左の眸も、呪われた醜い半身ではなく、私の元の身体だったということ。
 貴方をこの手で、失ったこと。

 叫びながら私は思う。
 あの男のところへ戻ろうと思う。
 あの甘い腕の中へ戻ろうと思う。
 あの甘い、次の瞬間に私をかき斬る、腕の中。

[2004/5/22]

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