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viaduct / 陸橋 高架

 ある夏、僕は少年に逢った。
 色素の薄い栗色の髪をして、病人のような灰色の顔で、無駄の感じられない、骨と少しの肉ばかりの身体を、橋脚にしんなり寄り掛からせていた。

 まるで彼が、彼の身体の何十倍もあるその橋脚を支えているように、まるでそんなように見えた。

 その橋の下はいつも薄暗かった。空気がどんよりと落ち込んでいて、真夏の昼下がりでも橋の下には冷たい空気が沈んだまま動かなかった。
 十五の僕が大股で六歩、生い茂る雑草をかき分けたり踏みつけたりしてようようにその影を脱すことのできるぐらいで、たいして大きい橋でもなかったけれど、何もない荒れ地の真ん中を分けるように、とにかくその橋は背を高くして、一本ひょろっとのびていた。
 橋の上は錆び付いた線路だった。もう使われていない廃線だったけれど、一日に一度だけ、午後の少し遅い時間に、貨物列車が通っていた。
 ちょうどその時間、橋脚にぴたりと半身をもたれていると、汽車が通るたび背骨にその振動が伝わってくる。だだん、がくん と、重い鉄の塊が左右から挟みつけて上を滑ってゆく線路の一部になったような気がした。
 周囲に風の音しか聞こえない、膝まで雑草の生い茂る橋脚の根本で、頭上に姿は見えない音だけの列車が通過するのを感じながら目を閉じていると、まるで自分が本当に列車が通過する際の線路の重要な一部分を占めているような思い違いをして、自分がいなければ列車は脱線してしまうのではないかという強迫観念にも似て、僕は毎日その橋の下に通っていたのだった。

 母は僕がそんな処で日没前のひとときを過ごすのを好まなかった。

  あんな処に独りで行くのはよしなさい
  あの場所は昔、子供が死んだのよ

 と。
 気味悪そうに肩をすくめて、思い出すように首を振った。
 きっと僕を脅かすための作り話に違いない。僕は強気にそう否定しながら、心の中では、母の眸を瞬間よぎった鎮魂の色を直感的に感じ取っていた。
 あの橋の下には、何か言葉で言い表せない、どろどろとした名残があった。
 決して照らし出されることのない、濃くなるばかりの暗闇があった。

 そんなある夏の日の夕暮れだった。
 その橋の下で少年に出逢った。
 母から聞いていた奇禍の話と、その少年の顔色の悪さと、日没前の紅い光線の中で、彼はあたかもこの世の生き物ではないかのように、僕には映った。

 少年は僕がいつも寄りかかって列車の音を聞いている、まさにその橋脚にもたれかかって、夢見るように眼を閉じていた。
 あんなに灰色の顔でなければ、とても幸せそうに見えるのだろうに。
 そう思った瞬間、瞼を開いて、僕を見た。

[2004/2/15]

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