hilt / 刀の柄
愛した人は血にまみれて死んだ。
その人の指は剃刀だった。
髪は針だった。
唇は氷だった。
視線は鋲だった。
言葉が、鏃のようだった。
愛した人は血にまみれて死んだ。
その人の触れて私の流した、紅く澱んだ血にまみれて死んでいった。
手に取った時にはもう私が何をする必要もないほどに、それと知れるようにはっきりと、息絶えていた。
一陣、横に薙いだ。
粉々に砕けて、足元に散った。
一瞬輝いたかのように光を映してばらまいて、闇の中にのまれていった。
黒い服の人々が無言で林立する真ん中で、私の血で濡れた貴方の身体とうずくまり、私はひとりさめざめと泣いた。まるで髪の毛でももつれたように、細い傷、長い傷に覆われた己が腕、貴方が触れるたびに私を擁すたびに、知らぬ間についた傷、痛みに耐えた傷、ふさがらぬままの傷。
その腕で貴方を抱いた。
さめざめと泣いた。
心のどこか知らぬところでは、女が笑った。
朗らかに。
くるくると笑った。
これでもう私と貴方に、血は流れない。
これでもう嘆かない。
傷は裂けない。広がらない。
貴方は絶えた。
私は生きる。
心の中で私は笑った。
穏やかだった。
愛した人は、血まみれで死んだ。
その人の指は剃刀だった。
髪は針だった。
唇が氷で、視線は鋲だった。
言葉は鋭い鏃のようだった。
愛した人は、その人の触れて私の流した、私の勝手な血に浸って死んだ。
私は貴方をひどく畏れた。同時に愛した。
貴方に寄り添えば、私は毀れた。貴方の囁きで、私は崩れた。
私は貴方をひどく愛して、同時に畏れた。
触れることのできる貴方がほしかった。
穏やかに胸に抱くことのできる、貴方がほしかった。
そうして貴方は、血にまみれて死んだ。
私は動かない貴方を切り開き、やわらかで棘のない、こころだけを頂いて生きてゆく。
あたたかく棘のない、こころだけ戴いて、生きてゆく。
[2004/11/2]
| 2004 / AtoZ |