gyve / 足枷
どうか私を責めないで。
姉さま、私を責めないでください。
私はただ怖ろしかっただけなのです、青白い顔に見据えられたような気がして、我を失っていただけなのです。ですから。
道ばたに首が転がっていたので私は、咄嗟に言い訳を始めたのです。
まるで誰か私の大切な人がその首を、切り落とした犯人であるかのように。
何を喋ったかまるで覚えていない、いないけれど自分が必死だったことだけはぼんやりと記憶している。
誰も責めないように。
誰もが認めるように。
首は落ちるべくして落ちたということを、人々に納得させようと必死だったのです。私は。
けれど誰も頷いてはくれずに、虚しくその場を離れた。
通り過ぎる時にちらりと眇めた表情は、いわれのない罪を着せられた無念さに溢れて、今にも私に食いかかりそうに、怖ろしかった。
歩いてその場を遠ざかりつつ、私は行為の愚かしさを恥じた。
首の表情に、心底怯えた。
姉さま。
私は、まるであの首が、幼い頃の私の前に倒れ伏していた、醜く酔った、母上のそれであるかのように、怖ろしかったのです。私は。
姉さま、貴女には。
私には見えている。けれども貴女には?
姉さま、貴女には、闇の中に蠢くものが、見えはしませぬか。
暮れ切らぬ冬の和室の片隅に、ざわざわとした気配を、感じはしませぬか。
姉さま。
貴女のお隠しになったあの幼子の、薄い幸福の、氷る視線を。
貴女の皮膚に残るその傷跡は、何の記憶をとどめ置く為であったのでしょう。
姉さま。
過去は、そうまでしても断ち切りがたい、貴女には足枷だったのですか。
姉さま、貴女は私の飼っていた親鳩を、猫に喰わせておしまいになった。
残された仔鳩を私は薄黄に塗られた巣箱に隠して、守護でも授けるような思いから、巣箱の横に白い木蓮の花を描きましたけれども。
姉さま。
明くる日の朝に私が目にしたものは、巣箱の穴の面を上にして、ひたひたに水のさされた姿。覗き見ると羽を広げて溺れた仔鳩が、まるで暗い水の上に木蓮の花の一つ浮かんだように、闇より生じる美しさを持って、私はいったい何の悲しさにあてられて泣くのだか、わからないままに涙を流して、泣きました。
姉さま、貴女は一度も、私の為だとは、仰らなかった。
それによって私の上にどのような荷も背負わせようとはなさらなかった。
姉さま、貴女の細い足首に、まるで鎖で繋がれたように、その歩みを遅らせる貴女の過去を、貴女は決して、
嘆こうとはなさらない。
私のせいにもしない。
私の為だとは、決して言わない。
私の鳩が人に伝染する病に冒された時も、それを知らずに私が貴女を詰った時も。
私の恋人が私を棄てて呉服屋の娘と駆け落ちた時も、二日後に河口から浮かんだ時も。
母上が酔って貴女の幼子をあの男の門前に捨てろと息巻いた時も、それに驚いて弾けるように貴女が柳刃を振るった時も。
母上の首が畳を横切り土間の隅まで転がった時も、幼子が育ってやがて私に成るまでの日々にも、一度も、姉さま、貴女は私の為だとは、仰らなかった。
私に貴女を母と呼ばせなかった。
貴女は母上を恨み続けて、私の母とは成られなかった。
姉さま、道ばたに首が転がって、青白い顔が怖ろしかった。
まるで私の大切な誰かがその首を落としたような気がして、私は必死で言い訳たのです。
姉さま、貴女は昨晩、私の隣を抜け出して、いったいどこへいらしった。
明け方に冷たい爪先をして、どちらから帰っていらしったのです。
姉さま、貴女は、いつも私の為だとは、決して仰らないけれど。
[2004/10/31]
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