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bewitched / 魅惑された 魔術をかけられた

 狐と鶴が、こんこんけんけんと鳴き交わす夜。
 しんしんと雪が降り積もる、雪が降り続くなかに、円い月が流れる。月の光をうけて、風が夜半を渡る。
 狐が雪原に影落としながら、くるりと宙返って男に化ける。積もり積もった雪の真上に、細長い足跡だけ残してちょんちょんと行く。
 鶴が両翼震いかざして娘に化ける。月光に映し出される影に正体さらけ出したままの無防備で、一歩一歩を飛び上がるようにさくさくと行く。
 雪雲の間に見える、ぼんぼりの掲げられた民家へといそぐ。そこで年老いた老婆の死に水をとって、水ふくませた筆先を、気づかれぬうちに袂へ忍ばせる。
 男に化けた白狐と娘に化けた丹頂の鶴は、そっと目だけで合図を交わして、老婆と民家を後にする。
 杉林を背にした廃寺へと向かう。
 崩れかけた御堂の鋲のはずれた格子戸の奥に、ゆらゆらと揺れる揺り籠を見出してのぞき込む。籠の中には、持ち主を失った藁だけが湿った影を落として。

 御堂の外を誰かが歩き過ぎる。
 格子戸の影を右から左へと、灯明の光が流れるのが見えた。
 鶴の化けた娘は顔を向けて外の様子を伺って、狐の化けた男は揺りかごの前に膝をついたまま、ぶるぶると震えてしまう。

 持ち去られた赤子は七里離れた漁師の家で眠り続けた。
 その雪の夜に千年分の呪いを携えた迎えがあったことなど知るよしもなくして。

 狐が、こーん、と一声啼いて、追うように鶴が、けーん、と、かき乱す。
 杉林の裏からごっと風が煽って、雪片まきあげながら音もなく御堂は崩れた。
 見届けた月は後じさるようにその夜を去った。

[2004/2/11]

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