avalanche/雪崩 地滑り
どうどうどう、下敷き。
純白の無垢、シアワセ。
いつか雪に埋もれていた孤独な気の毒なあの人のように、私は一人きりだ。
そしてうつ伏して呼吸を止めたまま誰かが掘り出してくれるのを待っているしかないのが、私なのだ。
背中の上の雪を踏みつけて行く人がいる。たまさか歩調を荒くして口論をしつつ行く人がいる。背中の上で立ち止まり、接吻をする恋人がいる。気づかないほどひっそりと、飛ぶように過ぎて行く少年もいる。
立ち止まって滑やかな手で、雪をすくって。
雪にかじかんだこの肌がまだ紅い頃。
踏み固められて堅くなるばかりの背中の上を、きちきちと靴音たてて行く人がいる。ほんの瞬間、意識しただけの、走りすぎていった人がいる。雪原の中で妙に目をひく鮮やかな萌黄、心急かされるような狂おしい萌黄、柔らかな葉を胸に抱えて行く画家もいる。
立ち止まって、抱えていたその苗を下ろして、私の背中の上の雪に、植え付けるのをやはり躊躇して、苗を抱え直して、また過ぎて行く。
雪に冷えたこの肌が青白い頃。
春は巡らぬままに幾冬もを越える。
巡らない春はいつかいちどきに訪れるのだと雪の下で笑う。
それとも気づかぬうちにやり過ごしてしまったのかもしれないと、腹の中で思う、この雪の波に埋もれる以前に、知らぬまま、数多の春をやり過ごしてしまったのかもしれないと、人知れず思う。
少しばかり諦める。
尊くして諦める。
足音は徐々に聞こえず、身体の周りはきつくなるばかり、寒くなるばかり、かたくなになってゆく。
凍りついてゆく。
うつ伏したままで、誰かの足下の遙か下で、私はひとり凍りついてゆく。
経てば経つほどに深くなってゆく。
不思議なことだ。
私の立場は変わっていないのに。
上に幾冬の雪が降り積もり、また雪崩れ落ち、降り積もり、春が巡らぬまま雪は融けぬまま、私は深くなってゆく。
誰かが掘り出してくれるのを待っている。
誰かに見つかるのを待っている。
再び歩き出せる日がくると心の底で思う、腹の中で嗤う。
誰かが見つけてくれたらば諦めよう、こんな深いところまで助けに来てくれるのならばその時こそ忘れよう、その人につかまってもう一度歩き出そう、
私よりもずっと下に埋まっている、貴方のことはそのままにして。
[2004/1/27]
| 2004 / AtoZ |